油そそがれた者たちとは?

エホバの証人には、努力では到底乗り越えることのできない霊的な差別階級が、厳然として存在している。その差別階級こそ、油そそがれた者たちである。

油そそがれた者たちとは、エホバの証人特有の霊的な階級に属する証人たちのことをいい、一般の証人たちの霊性からは、歴然たる隔たりが見受けられる。この階級が「この世代」を形成し、この階級から統治体が選び出され、そして行く行くは、この階級がイエスと共に天の王国の共同支配者となるのだ。

それに引き替え、一般の証人たちには、神から如何なる特権も与えられはしないが、それがエホバの決めた契約事だからとして反発すらできず、ただ従順に付き従っていくしかない。

だが、この契約を巡るプロセスを視るに、油そそがれた者たちはエホバとではなく、実際はサタンと契約を結んでいる模様なのである。

新しい契約

エホバの証人には、死者の復活という教義がある。

死者が復活する場所は、地上か天の王国かのどちらかである。一般の証人たちが地上に復活するのに対して、天の王国に復活することができるのが油そそがれた者たちである。

油そそがれた者たちは、イエスが地上にいた西暦33年から、順次聖霊によって選び出されており、その総数は14万4000人に達することになっている。

天に復活する時期は、キリストが臨在した1914年10月からハルマゲドンの戦いが始まる直前までの期間である。もし油そそがれた者たちがハルマゲドンの戦い直前でも地上に生存していたら、その時は死ぬこともなく天的な命に変えられて、そのまま天に上げられていく。

そして、天に復活した油そそがれた者たちは、大患難の時が始まって以降、イエスから天の王国の共同支配者としての任命を受け、イエスと共に天的な権威を行使することができるようになる。

新しい契約

以上が、新しい契約といわれるものの内容となる。

くどいようだが、一般の証人たちには全く関係のない事柄である。

イエスの死の記念式

祝い事をしない証人たちが唯一祝うことのできる祝い事、それがイエスの死の記念式である。

イエスの死の記念式とは、イエスの死を記念して催される式典のことである。その日取りは、ユダヤ暦のニサンの月の14日に基づいて決められ、概ね毎年三月下旬から四月下旬のいずれかの日にちとなる。

その式中に、イエスの肉と血を象徴するパンと赤ワインが振舞われるのだが、大方の証人たちがパンと赤ワインを手に取って、そして口に運ぶというようなことはしない。パンと赤ワインを食べるということは、エホバと新しい契約を結ぶことを意味しているからだ。

つまり、イエスの死の記念式とは、新たに選ばれた油そそがれた者たちを祝う儀式なのである。

しかしながら、この選定基準は非常に曖昧なもので、聖霊によって選ばれたと主張する証人たちからの自己申告制度を採用している。

要は、選ばれたかどうか実証し得ないと同時に、選んだのが聖霊かどうかも実証し得ないということになる。

以上が、新しい契約といわれるものの儀式の内容である。

くどいようだが、一般の証人たちには全く関係のない事柄である。

(サタンによって)油そそがれた者たち

証人たちはとても謙虚な方々なので、エホバと新しい契約を結ぶことができなくても、不平不満を垂れるようなことはしないだろう。

だが、その契約を結んだ相手がエホバではなく、実際にはサタンであったとしても、今までのように従順に付き従っていくことが、はたしてできるだろうか。統治体は、油そそがれた者たちの中から選ばれているという事実を忘れてはならない。

もちろん、選んだのが聖霊かどうか実証することができないのと同様、サタンかどうか実証することもできやしない。

しかし、契約の儀式で用いられているものは、イエスの肉と血を表象したパンと赤ワインなのである。救世主の肉と血を食さなければ、契約を結ぶわけにはいかない、とエホバから言われているのである。

血を食さないのは神の律法、何人も犯してはならないはずだ。

表象といえど神に背かせようとする輩は、サタン以外には考えられない。

この事柄は、一般の証人たちにも大いに関係のあることであろう。

もちろん、それを実証することはできないやしないが…

吉田 功
日蓮正宗法華講員 元・創価学会三世 昭和60年、東京都葛飾区にて学会三世として生まれるも、幼少の頃から、池田大作の写真から発せられる おどろおどろしさ に違和感を覚え、平成9年の中学校入学より学会活動を拒否。学会に籍だけをおく未活動会員だったが、親友からの学会勧誘がきっかけとなって、平成19年9月から創価学会を客観的に調べ始める。その過程において、創価学会が元は日蓮正宗の信徒団体であったが平成3年に破門されていたという事実が判明し、学会から正式に脱会することを決意。平成20年11月、日蓮正宗への再入信が叶い、令和元年の今日に至るまで、法華講員として信心修行に励む毎日を送ってきている。